Herbal Director’s Voice 08

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Herbal Director’s Voice 08



小さな一歩、ちょっとした積み重ねを大切にしていきたい
山口 竜太

ファルメディコ株式会社 ハザマ薬局

若造の私から進言できるようなことはありません。皆々様方からもっともっと学び、精進していかなくてはならないと日々感じています。ですので、進言ではなく一つ私が大切にしている言葉を共有させて頂きたいと思います。 私はバスケットボール観戦が趣味です。いつもテレビでアメリカのプロバスケットリーグNBAを観ています。そのNBAの名門チームを率いる、ある名将の言葉です。 “Pound The Rock”(その石を叩き続けろ) 彼はチームの皆に常にこの言葉をなげかけます。 チームの行方に迷ったとき、彼は石切り工の下へ出かけます。石切り工は大きな岩を、小さな鑿(のみ)で叩いていきます。1回2回たたいても全くビクともしない岩が、101回目叩いたとき、綺麗に真っ二つに割れる。その様子を見て彼は思う。 「決して101回目の打撃が素晴らしいのではない。それまでの100回の過程があるから、101回目で割れたのだ。すべての打撃に意味がある。」 習慣のスポーツといわれるバスケットボールにおいて、一発逆転のプレーはない。日々の努力、一つ一つの積み重ねが勝利に繋がるのだと教え説く言葉です。 私たちが歩む医療の道も同じ。一発逆転、満塁サヨナラホームランは存在しない。意味がないように感じる小さな一歩、ちょっとした積み重ねが、医療を前に進め、人々に貢献できる。世の為人の為、皆様と共に、大きな岩を叩き続けていきたいと思います。
“Pound The Rock”

薬剤師としてのモットーは?

「薬学学士としての視点」「薬剤師としての視点」「医療人としての視点」
モットーというよりかは、自分自身が医療現場に立つときに大事にしている「3つの視点」というものがあります。
「薬学学士としての視点」「薬剤師としての視点」「医療人としての視点」
これら3つの視点について紹介したいと思います。

【薬学学士としての視点】
私は薬学学士という学位を持っていますが、6年制薬学部を卒業したので、この学位は「見做し修士」となります。6年制に変わったことにより、薬学部の学位から修士が廃止され、学士と博士のみになりましたが、学士を修士と同じ扱いとする、ということです。また、修士とは、「薬学という学問を修めた者」という意味になります。 薬学という学問を修めたからには、私の専門性は薬学です。この専門性を医療現場で発揮することが大事だと考えます。薬学で学んだ「薬理学」「製剤学」「薬物動態学」。そしてそれらを支える「基礎科学」。これらが私の医療現場での一番の武器であり、この視点を常に持って人を診て、薬剤を観て、医療に貢献していきたいと思っています。

【薬剤師としての視点】
薬学学士と薬剤師の違いとは何か?それは「薬剤師国家試験に合格したかどうか」です。薬剤師であれば薬学学士の学位を持っています。そこにさらに、薬剤師国家試験を受験し、合格した者が薬剤師になります。では、薬剤師国家試験とはどういった意味合いがあるのか?国家試験ということは、薬剤師は国家資格となります。つまり「薬剤師とは、薬学を医療として人々に享受することを、国(国民)から認められた者」と私は思っています。であれば、薬学を如何に人の為、世の為に使い広げていくのかを考え、実践していくのが、薬剤師としての責務だと感じています。 この視点から、人と相対するとき、この医療はその人の為になっているのか、世の為になっているのかを常に考える。薬学学士として身についた専門性という武器を、医療においてどのように使っていくのかを、薬剤師という視点で視ています。

【医療人としての視点】
薬学部に入学したてのまだ学生の頃、私は薬剤師に大して興味はありませんでした。薬剤師になりたいとも、医療に携わりたいとも思っていませんでした。「薬学部を選んだ理由は?」と問われれば、いつも「受験科目が得意科目だったから。」と答えています。そんな私ですが、医療を行っていきたい、医療の現場に立ちたいと思うきっかけがありました。 ある患者さんとの出会いです。大学5年次に参加した病院実務実習でのことでした。私が担当させていただくことになった、30代ぐらいの女性の方がいました。彼女は「多発性軸索硬化症」という難病と闘っていました。病棟業務として週一度、寝たきりの彼女に会いに行っていました。その女性はいろいろお話をしてくれました。病気により、発語の際に顔が揺れてしまい、非常に話しづらいにも関わらず本当によく話をしてくださる方でした。私は、この病気についてあまり詳しくなかったので、いろいろな文献を調べました。そして、服用薬剤の変更や、食事療法の変更の提案を指導薬剤師の下、行っていきました。その結果、病気が良くなっていった、とはなりませんでした。何も、変化はありませんでした。毎週毎週その方の所へ行き、お話をしますが、最初のころは話すこともたくさんありましたが、どんどん何を話してよいのかわからなくなっていきました。気が付けば、彼女の病室へ向かうのが億劫に感じるようにもなっていました。そうしているうちに、実習に終わりが来ました。彼女に会う最後の日、私は病室へ向かう道中、あることだけを考えていました。「ごめんなさいは言わないでおこう。ありがとうございました、と伝えよう。」と。彼女の病室へ着き、いつも通り寝たきりのベッドで天井を見つめる彼女に話しかけました。今日で会うのが最後だとお伝えすると、揺れる顔で必死に声をかけてくれました。「しっかり勉強して良い薬剤師さんになってください。応援しています。」震える手を私に差し出し、握手もしてくれました。何もできなかったのに。何も変える事が出来なかったのに。無力さを感じる私に、彼女はそんな言葉をかけてくれたのです。それから必死に勉強をしました。今度、彼女と会ったとき、「しっかり勉強しました」と胸を張っていえるように。「応援しています。」の言葉に応えるために、医療現場に立ち、人々に貢献していきたい、そう思うようになりました。
薬剤師だからでもなく、薬学学士だからでもなく、医療に携わる者として、人々に貢献したい。医療人でありたいと、私は常に思い現場に立っています。

漢方薬認定講師育成セミナーを受けられた、きっかけは?

漢方薬を学び、参加者の方々とつながりたい
学生の頃からこのセミナーの存在は知っていました。そして、現場に立つようになれば絶対に受けたいと考えていました。その理由は2つあります。
1.漢方薬を学ぶ
2.セミナー参加者の方々とつながる
漢方薬を学ぶことで、近代医療との2つの武器を手に入れる。単純計算になりますが、2つの武器があれば、2倍の人を救えるのではないか?2倍でなくても、近代医療のみより、少しでも多くの人の苦痛を取り除けるなら、という思いで参加しました。
2つ目の理由の、参加者とのつながりとは。セミナーの様子をSNS等でみていると、皆さんが本当に活き活きと学び、また熱く医療を考えている様子が見て取れました。そんな方々といれば、自分も多くを学べるのではないかと考えました。 これらの理由で、セミナーを受講するに至りました。

漢方薬認定講師育成セミナーを受けられて、変化したことは?

漢方薬を適切に使っていくためには
大学卒業後、そのままこのセミナーを受講したので、医療現場において自分がどう変化したかはわかりません。ただ、漢方薬という視点は、近代医療の視点なしでは持つことができないという事はわかりました。 多くの患者さんが、漢方薬だけでなく近代医療を受けています。また、疾患に関しても、近代医療を元にした評価がなされています。漢方薬を適切に使っていくためには、まずその近代医療を理解していなければ始まらないのだということを、このセミナーを通して強く実感しました。

漢方薬認定講師育成セミナーディレクター認定を取得しようと思われた理由は?

人に教えることができてこそ
自身で何かを学ぶとき、いつも習熟度として、「人に教えられるレベル」を設定しています。人に教えることができてこそ、物事を理解したといえるし、自信を持って医療に携われると感じています。ですので、ディレクターまでしっかり取得して、確実な知識を身に付けていきたいと思い、資格取得に思い至りました。

漢方薬認定講師育成セミナーディレクター5期 開催をしようと思われた理由は?

頂いたこの機会を全力で務めさせていただく
正直言うと、「狭間紀代先生に誘われたから」ということになります。できたらいいなとは思っていましたが、実際に開催するきっかけは紀代先生のお誘いでした。ただ、まだまだ若手も若手、2018年でようやく3年目を迎える新人に、このセミナー講師が務まるのか不安が大きいです。しかし「頼まれごとは試されごと」です。せっかく頂いたこの機会を全力で務めさせていただく。それが次への成長へと繋がるはずだと考え、開催することを決心いたしました。

理想の薬剤師の姿とはどんな薬剤師像ですか?

患者さんが輝くために、支えサポートする
抽象的な表現ではありますが、「黒子」こそが薬剤師の理想像だと考えています。薬剤師に限らず、医療に携わる者は「黒子」でなくてはならないと考えています。  私たち薬剤師は、医療を通して人々の人生に触れることができる存在だと思っています。人々の人生の様々な場面に接することができますが、その主役は決して医療人ではない。その人生を歩む人々であるはずです。だからこそ、一番に輝くべきは患者さんであり、薬剤師ではない。患者さんが輝くために、支えサポートする「黒子」な存在。名前を憶えてもらわなくてもいい。ありがとうと言ってもらえなくてもいい。もし、そんなことがあれば、それは「おまけ」のご褒美、棚から牡丹餅のようなもの。徹底して世の為人の為に。薬剤師という存在は「黒子」でいい。それが、私が考える薬剤師の理想像です。